東京都内の中小河川や用水路、それらの暗渠、ひっそりと残る湧水や池をつれづれと辿り、東京の原風景の痕跡に想いをよせる。1997年開設の「東京の水」、2005年開設の「東京の水2005Revisited」に続く3度目の正直?


by tokyoriver

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10月は多忙で、blog記事を1本しか記すことができませんでしたが、なんとか「みちくさ学会」10月分の記事を書き上げました。テーマは「夜の暗渠あるき」。以前こちらでとりあげた場所も交えてつらつらと記しました。いつもよりも文字数も情報量も少なくしましたので、お気軽に読めるかと思いますので、よろしくお願いします。

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記事でとりあげた場所から2ヶ所ほど。

神田川笹塚支流(和泉川)暗渠の下流部に残る児童遊園。十数年ほど前までは都心の暗渠にはこのような遊具が置かれていることが多かった。1970年代前半にかけての第二次ベビーブームに伴う児童人口の急増により公園が不足した際、蓋をしたまま特に利用されていなかった各地の暗渠が着目された結果設けられたという。子供が減った現在では、各地で撤去が進んでいる。
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北沢川の暗渠上には何年か前から暗渠上に人工的なせせらぎをつくって、川を「復活」させている。出来た当初は違和感があったが、現在では緑も増え、だいぶ馴染んできている。桜並木は川が開渠だった頃からのものだ。
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by tokyoriver | 2011-10-26 11:00 | お知らせ | Comments(6)

宇田川源流の湧水池

今回は、「東京ぶらり暗渠探検」の取材時の写真から、いわば「お蔵出し」として、「宇田川」源流の湧水池を取り上げてみよう。前回に引き続き渋谷川水系の源流である。この湧水池は小田急線代々木上原駅から北東におよそ500m、渋谷区西原のとある独立行政法人の施設の敷地内にひっそりと現存している。東京の水 2005 Revisitedで記事にした当時は遠くから見ることしかできなかったのだが、2010年、「東京ぶらり暗渠探検」の記事では編集T氏のご協力により写真を掲載することができた。今回の写真はその際のもの(2010年1月撮影)と2005年の取材時(5月撮影)からセレクトしたものであり、現状とはやや異なっているかもしれないがご容赦を。

まずは段彩図で宇田川上流部を見てみよう(数値地図5mメッシュ(国土地理院)をgoogle earth「東京地形地図」からキャプチャ)。宇田川は渋谷区西部、淀橋台に枝状にいくつも分かれて刻まれた谷「代々木九十九谷」に湧き出す小川の水を集め、JR山手線渋谷駅北側で渋谷川に合流していた、渋谷川最大の支流だ。現在はそのすべてが暗渠化されいている。九十九谷北側の台地上には玉川上水が流れていて、上水を挟んで反対の北側には、いくつもの小川が流れを発し、神田川笹塚支流(和泉川)に注いでいた。玉川上水はちょうど神田川水系と渋谷川水系のの分水嶺を縫うように通されていたといえる。

宇田川源流のすぐ近くにある西原小学校校歌(1955年制定)では
「みなもと清き渋谷川/細くはあれど一筋に/つらぬき進めば末遂に/海にもいたるぞ事々に/精魂かたむけ 当たらん我らも」
と歌われている。地形や流れこむ支流の数を考えると、本来の水量は渋谷川上流(穏田川)よりもこちらのほうが多かったのではないかと考えられ、この校歌のように宇田川=渋谷川の源流と捉えられてもおかしくないだろう。宇田川の支流には唱歌「春の小川」のモデルとして知られる河骨川や、初台支流(初台川)などがあるが、宇田川本流とされる流れは九十九谷の西端、「狼谷(大上谷)」と呼ばれていたH字型の谷から発していた(図の黄色い丸枠内)。このH字の左上の支谷にあるのが、今回取り上げる水源池である。
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谷頭側の窪地を横切る道路。右側が池のある施設の敷地で、深く切れ込んだ谷となっている。奥には新宿副都心のビル群が見える。
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施設は台地上から谷の斜面にかけて建てられている。台地上から敷地南東側の谷底を望むと、木陰に池がわずかに見える。
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木々に囲まれた谷底に降りると、ひっそりと佇む細長い池がその全貌を現す。かつての狼谷は斜面を森に囲まれ、谷底は水田となっていた。そして大正~戦前にかけて一帯は森永製菓創業者の屋敷となり、湧水を利用した池が2つつくられたという。現在ある池はこの池のひとつの名残だ。
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埋め立てられてもおかしく無いような小さな池。よく今まで残ってきたものだ。
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池の東側からは水路が続いている。川のはじまりだ。
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東京都の1991年の調査では一日40立方mほどの湧水が確認されているが、水がしっかり流れ出しているところを見ると、今でも水が湧いているのだろう。
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柵越しに、隣りの別の施設内にある丸い池が見える。こちらの池も屋敷だった頃からあったものだが、だいぶ整備されている。水はいったんこの池に溜まった後、更に奥に流れ出している。奥へと続く水路が見える。
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隣接し、台地上にある代々木大山公園から、水路の先にある人工的な池を見下ろす。写真奥の木陰から出てくる水路が、前の写真奥に見えていた水路の続き。写真左下の角あたりから画面外左にかけて、森永屋敷時代、もうひとつの池があったようだ。
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池の先にも代々木上原駅方面まで深い谷が続いている。写真奥の谷底左側が人工的な池のあるあたり、そして右側に向かって谷が下っている。
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宇田川はかつてこの先、谷底を代々木上原駅方面まで下っていた。かつて西原から初台にかけての一帯は「宇陀野(うだの)」と呼ばれており、ここから流れ出る川ということで宇田川の名がついたといわれている。「宇陀」「宇田」のつく地名は全国にあり、語源にも諸説あるようだ。ここの場合は湿地帯や河川流域の湿地を意味する地名だったと思わえる。宇田川の谷を囲む斜面は昭和初期に高級住宅地「徳川山」として造成され、その際に流路は道沿いに改修されたという。現在では駅北側から始まる暗渠路地までの区間、痕跡は全く残っていない。

渋谷川水系は、渋谷駅以南の本流以外全てが暗渠化されているのに、その水源は各地で残されているのが面白い。新宿御苑然り、神宮外苑然り、初台支流の湧水然り。そして宇田川の水源もこのように人知れずひっそりと残っている。
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by tokyoriver | 2011-10-07 00:38 | 渋谷川とその支流 | Comments(4)